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ライオン丸放浪記

熊本出身、京都で学生生活のち、2010年4月より東京へ乗り込んだ呑んべえの日記
初全額給料
 四月から社会人になった私にとって、先月の給料は半月分しか支払われなかったが、本日晴れて一ヶ月分の給料が支払われた。

ウキウキルンルン気分で帰社し降り立った中野駅、飲み屋街をうろうろするが、何故だか気分が乗らない。学生時代の10倍程の金額を手にしたにも関わらず。。(何も、ビンボーバイトをしていた訳ではない。私は学生時代立ち飲みバーで働いており、その店でほぼ毎日ツケで飲み続けていたためほとんどの給料をその店で還元していたのである。ときには、給料明細が「743円」のときがあった。「給料明細が間違って時給表記になっている!」と驚嘆したが、それはあくまで月給表記であり、自分の酒飲量にいささか驚いた。)

そこで、地元阿佐ヶ谷で気分入れ替えて飲み屋へ行こうと降り立ったにも関わらず気分が乗らない。
結局缶チューハイ片手に飲み屋街を一周し、いつものごとくSEIYUで食材を買い、自宅で肴を作りPCの前で飲んでいる。平日と全く変わらない。唯一変わった点といえば、普段は甲乙混和の麦焼酎しか飲まないのに、ご褒美に薩摩宝山を飲んでいる点だけである。

このウキウキ気分と停滞した気分の相互並存状態は一体何なのであろうか。
それは「さらなる貧乏性が断固とした存在を確立した」状態になったからであると思われる。

京都の学生時代も貧乏性であった私にとって金が無いときも、貧乏学生にやさしい百円バーや店頭価格で飲める角打ち飲み屋があった。ここ東京でも足を伸ばせばそのような店はある。

しかし、規則的な生活を得た私は規則的な生活をしないと罪悪感しか沸かないような脳みそになってしまった。
その規則的生活というのが、朝はトースト、昼は持参のおにぎり、夜はもやし等の自前のつまみプラス安酒という「断固たる貧乏性的生活」というものである。博打もやらないのにどうして金が無いのか記憶にない。。

ということで貧乏生活に慣れきってしまった私の元に、来月アルメニア人がしばらく住み込むことになた。紹介者いわく「貧乏なアルメニア人アーティストが今日本ににいるけど金がない。貧乏性のお前だったら、彼にとっては恰好の相手だからしばらく泊めてやってくれ。」とのこと。

来月が楽しみだ。
| 仕事 | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |